欅坂46にゅーすらぼ

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欅坂46の生誕委員乱立から考える、生誕委員の存在意義とファンのエゴ

   

それぞれの生誕委員ごとに趣向を凝らした飾り付け出典:白石麻衣生誕実行委員会2016より引用

乃木坂46の握手会に足を運んだことのある人なら、『生誕祭』そして『生誕委員』の存在はもうご存知かと思います。

メンバーの誕生日を握手会の場で祝う生誕祭は、各生誕委員ごとに趣向を凝らしたものになっていて、運営ではなくファンが作り上げるイベントとして、もはや恒例行事となっています。その行事を作っている生誕委員も、自ら予算を出し合い、ただメンバーの喜ぶ顔が見たいという一心で有志で集まった人たちです。

欅坂46でもグループの結成からすぐに各メンバーの生誕委員が発足し、現在は主にSNS上で活動を展開しています。しかし、その欅坂46生誕委員には、いろいろと問題視されている部分があります。

今回はその欅坂46生誕委員について、一人の欅坂46ファンとして感じることを書いてみようと思います。

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欅坂46の生誕委員の乱立が問題に

まず言っておかなくてはならないのが、管理人はあくまでも生誕祭には賛成だということです。メンバーの喜ぶ顔を見るために無償で働く人たちは素晴らしいと思いますし、生誕祭も各委員が趣向を凝らしたイベントとなっていて、実行委員以外のファンも楽しめる素敵なイベントでした。

しかし、欅坂46の生誕委員の乱立には少々疑問を感じています。

先ほども書いた通り、欅坂46では結成当初から各メンバーの生誕委員が発足しました。むしろ、乱立していました。同じメンバーの生誕が複数生まれ、中には対立したり、自らを総合生誕委員として他の委員をまとめようとする存在まで出てきました。

もちろんどのように応援するかは個人の自由なので、総合生誕委員のようなものが生まれても構わないと思います。賛同が得られれば機能するでしょうし、得られなければいずれ自然消滅的に消えていくはずです。実際にこの総合委員と名乗る存在は、多くの批判を受け現在は無くなっているようです。

公式サイトからも公式見解が発表される

この一連の生誕委員乱立の流れを受けてか、ついには公式サイトでも『欅坂46運営委員会より「生誕委員」に関するお知らせ』という見解が発表されました。

いつも欅坂46を応援いただきありがとうございます。 

「欅坂46生誕祭実行委員」について多くのお問い合わせをいただきましたので、
欅坂46運営委員会としての見解をお伝えいたします。

欅坂46運営委員会といたしましては、「欅坂46生誕祭実行委員」とは非公式のものであり、
ファンの皆様の有志にて成り立っているものと認識しております。

ですので、欅坂46運営委員会から公認・公式の「欅坂46生誕祭実行委員」を任命することはございません。

個人の方でも欅坂46のメンバーを応援していただいている方は、皆様平等にファンの方であると考えております。

先日開催させていただいた「お見立て会」など、イベント会場への祝い花などをお送りいただく際は会場や運営上の都合で、
お受けできる場合とお断りをさせていただく場合がそれぞれございますので、その都度お問い合わせをいただけますと幸いです。

今後とも欅坂46の応援をよろしくお願い申し上げます。

欅坂46運営委員会

欅坂46公式サイトより引用

この公式見解を見れば、複数の生誕委員から「うちの生誕委員を公式と任命してくれ」と言った類の問い合わせがあったと容易に考えられます。

もし仮に複数の生誕委員が誕生したとしても、同じ志を持つファン同士、生誕委員を統合させれば済むはずです。それがなぜか運営に公式の任命を求め、まさに『生誕委員という肩書き』を取り合うような事態になっています。

なぜ生誕委員は乱立したのか?

ではなぜ、欅坂46の生誕委員は乱立し、そしてそれを取り合うような事態になっているのでしょうか?

それは、純粋にファンを祝う気持ちからではなく、自分のエゴで生誕委員を発足させた人たちが多く存在するからです。

もちろん全ての生誕委員がそうであるとは言いません。しかし、少なくとも運営に公式の任命を求めるような行為は、行き過ぎたエゴによるものと言わざるを得ません。

ファンのエゴによって生まれた生誕委員

もともと生誕委員というものは、「メンバーの喜ぶ顔が見たい」という一心で、いわば無償の愛から生まれたものでした。

しかし今回のケースを見れば、「メンバーから早く認知されたい」「仲間内で一目置かれる存在になりたい」「”古参”と言われる存在になりたい」というような、自分のエゴを優先して生誕委員を立ち上げたことが想像出来ます。

メンバーの為に存在するはずの生誕委員が、いつしか自分のエゴを満たすための存在となってしまったのです。

先ほども書いた通り、全ての生誕委員がそうであるとは言いません。しかし生誕委員を名乗る人たちには、なぜ自分が生誕委員をやりたいと思ったのか、もう一度自分の胸に手を当てて考えてみて欲しいのです。

まとめ:正しい応援のあり方とは何なのか?

では最後に、ただしい応援のあり方とは一体何なのでしょうか?

そもそも応援の仕方は個人の自由です。ライブで声を枯らしてコールするのも、じっくりと静かに鑑賞するのも、どちらも正しい応援の仕方です。

管理人がこのブログを運営しているのも「多くの人に欅坂46というグループの魅力を知ってほしい」という個人の勝手な想いからです。

正しい応援と、そうでないものの線引きは非常に曖昧です。ただひとつ言えるのは、応援しているグループの迷惑になるようなことだけは間違っていると言えます。

今回の件で言えば、自分のエゴを満たすため運営に公式の任命を求め、結果公式サイトで見解を出さなくてはならないほどの迷惑をかけてしまいました。

応援の仕方は自由ですが、ファンのせいで欅坂46の足を引っ張ることがないように、もう一度しっかりと考えていきたいですね。もちろん、自分も含めて。

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